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僕は忘れない、あの日のことを

140字では伝えられない。

ブログ道、はじめます。(あるいは友人の話)

雑記

本物のインターネット強者になるためにはブログも必要と聞いたので作りました。ちなみにブログ名は「エルロイの長い一日」というゲームのサブタイトルからです。どんなブログにするかは未定です。書きたいことを書きます。書かなくなるかもしれません。何も決めていません。

 

 

さて、ブログを作ったからには少なくとも一つは140字以上書きたいことがあるわけで、それは会えなくなった友人のことなのだけれど、書きたいと思ったのはフォロイーがブログで同じように連絡のつかない友人のことを書いていたからかもしれないし、もしかすると友情を描く映画でもある、「モーターサイクル・ダイアリーズ」を見たことが影響しているのかもしれません。

 

まあTwitterでも何度かtweetしているのだけれど、私にはニュージーランドに職探しに行くといって連絡が取れなくなった友人がいます。僕が四年制大学で五年目をやっていた頃の話です。

 

 

彼とは三年生でゼミが同じになって、以来まあまあ仲良くやっていた。永遠に続くかのようにモラトリアムをすごしていたように思う。でもモラトリアムは永遠ではなかった。

 

四年生になったころ(一度目の四年生の頃)、僕は単位が全然足らず、彼は就職活動の波に呑まれて溺死寸前だった。結局その波に押し流されるようにして彼は進学を決めた。僕たちはそこそこゼミが合っていて、二人でいるときはだいたい勉強の話をしていたから、なんとなく進学しても大丈夫だろうと思っていた。でもそういう経緯だったから、本当は思うところがあったのかもしれない。

 

僕がもう一度大学四年生をはじめたあとは会う回数が少し減った。僕は就職活動という奴に苦しんでいたし(ちなみに僕は本当に溺死した)、彼は大学院の講義を受けていたし。ゼミももう二人とも行く必要がなくなっていたし。

 

七月頃、彼が突然LINEで通話をかけてきたのだけど僕は携帯を持っていなくって取ることが出来なかった。次の日くらいにはアカウントが消えていて、何かあったのかなと心配した。メールも電話も通じなくなった。彼はわりとfacebookでたくさん活動していたから、facebookのアカウントを持っていなかったことを凄く後悔したことを今も覚えている。それ以来連絡はない。

 

ニュージーランドに職探しに行く」といって消えたという話は九月頃にゼミの先生から聞いた。ちょっと怒っていたような気がする。まあ大学院はどうすんだという話だし、それが当然の反応なんだろう。僕はただ驚いた。

 

 

僕の人生は超悲惨って感じですから、そうやって大胆なリセットできたら変わるのかなあと思うことがあります。でもできないだろうなとも思います。だって、Twitterのアカウントを消すことですら躊躇する人間が、あらゆる縁を断ち切って、ほとんどゼロからスタートできるわけありませんからね。しかもそれって人生賭けた大博打じゃあないですか。そういうのを人は無謀と呼ぶのかもしれないけれど、過接続になれてしまった僕は素直に凄い勇気だなあと思ってしまうわけです。逐電したことをちょっと怒ってもいるけども。

 

息災でいるだろうか。かつて併走した二つの人生(その二、三年間だけを見ても二人の人生はモーターサイクル・ダイアリーズバイク、ポデローサ号並みにボロボロだったけれど)が、いつかまた交差する日はくるんだろうか。

 

そういうことをたまに考えます。そのときは、何の話をしようか。