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僕は忘れない、あの日のことを

140字では伝えられない。

「好きな次の一手」選

将棋

マイベストエピソードというアニメの好きな話数を書く記事を見たのですが、アニメはどーにも書けそうにないので、便乗で将棋の好きな手を選びます(謎理論)

 

将棋がわからない方にも出来る限りわかりやすく書くつもりです。駒の動き方は説明しないので、分からない方は何か見ながらどうぞ。にわか観る将だから、反対に玄人の方は最近の棋譜ばっかりかよと思うかもしれません。将棋も弱いし。まあその辺は最近将棋を観られる場所がたくさんあるということで。みんなも将棋連盟モバイルをダウンロードしてくださいね。

 

1.順位戦 屋敷伸之広瀬章人 4三金寄

屋敷伸之 vs. 広瀬章人 第74期順位戦A級3回戦 - 無料の棋譜サービス 将棋DB2

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将棋というゲームは対局中は誰とも相談できない、不安との戦いでもあります。そんな中、自分が攻めたとき相手が必ず守らなければならないような「強い手」を指せば一瞬安心できるのです。たとえば、最も強い手である王手を指したら、相手は必ず対応しないといけないでしょう? 相手に対応を強制すれば、技をかけられて一本負けは避けられるから、その瞬間は安心できるわけです。だから僕らは強い手を指したがる。そういう不安はきっとプロでも同じで、相手に手を渡すのはやっぱり怖いのです。

 

さて、上の局面は攻防が一息ついたところ。ただここで守る手を指すとまた相手に攻められて、技をかけられるかもしれません。上記の不安がよぎります。まして、大駒と言われる飛車・角行という強力な駒が三枚もあるのだから、なおさら持ち駒を使って攻めてみたいところです。

 

ところが後手の広瀬八段が指した手はじっと4三金寄。とても渋い守りの手でした。

 

ちょっとだけ具体的な話になりますが、上の局面で先手の番だと、5一に飛車を打つ手と、3四に桂を打つ手という二つの攻め方があります。どちらも厳しい攻撃です。前者は王手なので逃げるしかないですが、逃げると5三にいる金が取れます。後者の3四桂という手は、後手の王様は2二に逃げた形に耐久力があるから、その逃げ道をあらかじめ封鎖する意味です。4三金寄はそのどちらの攻めも消しているわけです。同じように飛車を打っても金は取れなくなっているし、桂馬を打つとさっき移動した金で桂馬を取れるようになっていますからね。

 

これは次の手も凄い。屋敷九段が指したのは6三銀。こちらも豊富な持ち駒を使わず、盤上の駒をそろりと相手の王様に近づけます。一歩下がれば一歩だけ追う。対峙する剣豪同士の間合いの測り合いを見ているようです。

 

もう一局屋敷九段。

2.竜王戦一組 屋敷伸之佐藤天彦 8二と

屋敷伸之 vs. 佐藤天彦 第29期竜王戦1組 - 無料の棋譜サービス 将棋DB2

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「詰めろ」という将棋用語があります。詰めろとは、相手が守りの手を指さなければ、次に王手の連続で相手の王様を捕まえて勝つことが出来る状態、いわばリーチです。そのため、リーチに対して出来ることは、「相手の王様を捕まえて、勝つ(先にゴールに到達)」「王手をする(一瞬だけ対応を強要する)」「守って詰めろを解除する(根本的にリーチではなくする)」の三つ。ですから、詰めろはかなり「強い手」です。ちなみに「詰めろ逃れの詰めろ」という相手に詰めろをかけつつ自分の詰めろを解除する、クロスカウンターみたいな技もありますよ。「詰めろ逃れの詰めろ」を「詰めろ逃れの詰めろ」で解消するという凄まじい応酬もたまにあります。

 

さて、上の局面はもうゲーム終盤。先に詰めろ、もしくは解消不可能なリーチ(強い詰めろ)である「必至」をかけて、一瞬でも早く相手玉を捕まえたいところ。

 

屋敷九段は一時間弱考えて、8二とと指しました。これは凄まじい手です。この手は守りでなく攻めの手。でもこの手は詰めろでもなんでもないし、次に7二とと隣にいる銀を取っても詰めろにはならない。つまり、終盤の緊迫した局面ではおぞましいほどゆっくりした攻撃なのです。

 

言ってみれば150kmのストレートが飛び交う中突然80kmくらいのスローカーブが飛んできたようなもの。この手、佐藤天彦名人は一秒も考えてなかったでしょう。きっと間違いありません。普通考えません。

 

後手の佐藤名人は4五銀。この手は詰めろ。150kmのストレートです。しかし4四桂(王手)4二玉3二桂成(王手)同玉5五角(詰めろ逃れ)と狙い済ましたカウンターで詰めろを解除しながら相手玉を攻めて最後はきっちり勝ち。長考すると相手の読みを外す手を指すと言われ、その変幻自在・緩急自在の攻撃でその名を馳せた「忍者」屋敷の面目躍如です。

 

 

3.朝日杯 大平武洋ー堀口弘治 5四銀

大平武洋 vs. 堀口弘治 第9回朝日杯一次予選 - 無料の棋譜サービス 将棋DB2

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渡辺明二冠という棋士がいますが、彼が言った単純形勢判断に、はじめ4枚ずつ持っている金駒(かなごま)(金将銀将のこと)が、6-2になったら6枚の方が有利、7-1になったら7枚の方が勝勢というものがあります。では8-0ならどうなるのか。というか金銀がそれだけあったら、本当に勝てるのか。そう思いませんか?

 

さてこの将棋。先手の大平六段は金駒を八枚コンプリートしています。というか、上の局面でこれは既に凄い。というのも、

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ここから、5六金打(持ち駒の金を盤上に打った)、5五金打(これも)、と次々と駒を投資しているのです。飛車や角という単独で強力な駒に対して、金銀の強力なスクラムで対抗しているわけですね。そして5四銀とおまけにもう一枚追加。5四銀まで進んだところの先手陣ははまるで要塞かファランクスのよう。

 

将棋ではこういうのを「押さえ込む」といいます。相手の攻撃を完全に封じて一マスずつ進む駒で盤上を制圧してしまう。されると何も出来ずに寄り切られて負けです。この将棋なら、先手は一マスずつひたりひたりと駒を近づけて相手の王様を押し潰しに行けば良く、反対に後手は盤上を制圧する金銀の密集陣形を突破する術がありません。実際この将棋もほどなくして後手の堀口七段は投了します。

 

近接する8マスの内、飛車と角は4マスしか動けませんが、銀は5マス、金は6マス動けます。接近戦では金や銀の方が強いのです。また、将棋盤には81しか升目はないから、一つの駒が利いている5マスや6マスがしばしば強い意味を持ちます。この将棋も金駒の威力、盤上を制圧する力強さ、凄まじいごり押し感が伝わってきます。

 

次はみんな大好き(私が好きなだけ)羽生三冠。

4.竜王戦挑戦者決定戦 久保利明羽生善治 3六歩

久保利明 vs. 羽生善治 第23期竜王戦挑戦者決定三番勝負第1局 - 無料の棋譜サービス 将棋DB2

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将棋の形勢判断には玉の堅さ・駒の損得・駒の効率・手番(どっちの番か。これはここから強い手の連続で相手に対応を強い続けられる、という意味があります)の四つの要素があります。ちなみに駒は玉・飛・角・金・銀・桂・香・歩の順番に価値があり、玉の価値は無限大。

 

形勢に差がないとき、駒の損得と駒の効率というのはトレード・オフの関係にあるものです。つまり、駒を「取らせる」ときは出来るだけ相手の駒が悪い位置になるように取らせ、価値の低い駒と交換するときは出来るだけ良い位置にいる駒と交換する、というように。トレード・オフにあるから、どちらを重視するかは結構好みがあります。そして、久保九段は駒の効率を重視する派の筆頭です。とても華麗な将棋。

 

しかしこの将棋では羽生三冠がその上を行きました。

上の局面では何もしないと角が取られてしまうので、5八角成とするのが普通です。角がただで取られると凄く駒を損をするので、出来るだけ損を小さくしようということですね。他に2八歩と一度王手をしてみるというのもあります。まあまさしくしてみる、という感じで、この王手への対応を見てから次の手を決めるということですね。

 

しかし羽生三冠が指したのは3六歩。なんと角がただです。4九金と取ると、3七歩成という手があり、これが厳しいでしょうというわけ。「玉は下段に落とせ」という格言がありますが、と金が上から相手の王様を押さえつけて、逃げも隠れも出来なくさせるわけですね。この場合上から攻められているので、王様の横の方にいる金銀は守りの役に立たなくなっているのです。実際の対局でもこの金銀は有効に働かず、上から攻められて潰れてしまいます。

 

トッププロで、駒の効率を誰より重視する久保九段の駒を徹底して機能させなくする、その攻め筋はもう異次元そのもの。実はこの将棋、『サラの柔らかな香車』にも登場しています。筆者は元奨励会員。やはり衝撃的な対局だったのでしょうね。

 

5.王位戦第四局 木村一基羽生善治 7七金

2016年8月22日〜8月23日 七番勝負 第4局 羽生善治王位 対 木村一基八段|第57期王位戦

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これは先日僕が大盤解説に行ったときの将棋です。ずっと先手がやや良しという展開で、あとは先手の木村八段がどう勝ちきるかどうかかなあと思われていたところ、羽生三冠がめちゃくちゃ追い上げて、現地の大盤解説では形勢不明ではないかとも言われていました。上の局面はかなりきわどいのですが、精査していくと先手が勝ち。具体的には守らずに攻めあって勝ち、もしくは7七金打と頑丈に受けても良し。

 

木村八段が指したのは持ち駒を温存して7七金。これは怖い手です。有効な守り方がない後手の羽生三冠は、基本的にもう攻めるしかないのですが、そこでこういう温存した守り方をすると窮鼠が猫を噛みかねない。こういうとき、駒を投資して受けるほうが安全なのです。だからこの守り方は怖い。

 

技術的な話ですが、しかし、7七金打とすると1二銀というしぶとい手が生じます。このときに金を打たなければ、2二金という手があるのです。要は攻めるために持ち駒をもう一枚余分に使えるために、後手の粘りを許さず寄り切れるということです。まあこの瞬間に攻めきられてたら元も子もないのですが、なんと7七金という守り方でも後手は先手の王様は捕まえきることが出来ないのです。

 

そう、木村八段は完全に見切っていたのですね。剣豪同士の立ち合いで、刃先が顔の数mm先を掠めてたとしても、相手の剣先を見切っていれば怖がらずに済む。そしてその数mmを見切って踏み込んで、勝つ。そんな感じです。

 

というわけで長くなったのでこの辺で。

将棋って面白そうだなあと思ってもらえたらいいなあ。