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僕は忘れない、あの日のことを

140字では伝えられない。

希望を見出すまでの物語

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というわけで?遅ればせながらローグ・ワンを見ました。

 

ローグ・ワンはスターウォーズスピンオフ作品の中でスターウォーズエピソード3と4の間に位置する話で、具体的にはエピソード4に登場するデス・スターの設計図を入手するまでを描いた映画。

 

作中の主要人物はみな「普通の人」で、特殊能力があるわけでもないし、フォースを明確に感じられるわけでもない(チアルートは完全に何か憑いてる能力だけど)。ローグ・ワンという言葉的に鶏鳴狗盗とかちょっと近いんだろうか。違うか。

 

さて、作中では希望を繋いでいって最後に勝利する、みたいな言葉があるのだけど、実際のところこれはその希望を見出し掴み取るまでの物語と感じた。当初銀河帝国に対抗する反乱軍は及び腰で、自分が生き延びるために味方も手にかけるような人々だし、反乱軍と距離を置くソウ・ゲレラは、普通に民間人を巻き添えにしながら帝国軍と戦っている。積極的に銀河帝国を覆したいというより、支配からなんとか逃れたいという感じで、想起されるのは残党狩りから身を寄せ合って隠れている、みたいな感じ。生き延びるのに必死だ。

 

これは作品に何度となく登場する「後ろ髪を引かれながらも、誰かを見捨てて逃げる」というシーンに象徴されている。主人公のジン・アーソは幼少期に母が撃たれるのを見て逃げ出すし、逃げられないというソウ・ゲレラを置いてデス・スターの暴力から逃走するし、父親の亡骸も回収できずに逃げるしかなかった。暴力や理不尽に対抗する術を持たなかったわけだ。未来の勝利のためではなく、ただその場を生きるために行動しなければならない。

 

ゲイレン・アーソの生み出したデス・スターの欠陥はそんな彼らが見出した唯一の勝機なのだけど、そういう状態にあった反乱軍はそこでも生きるための行動を――降伏を選ぼうとしてしまう。評議会で、何度となく帝国軍と争ってきたはずのジン・アーソが、戦うべきときは今と叫ぶのは、ただ戦うのではなく、前向きな意味で戦うことを意味しているわけです。そしてデス・スターの設計図を入手するための戦いに(結局なし崩し的にだけど)突入していく。

 

もちろん帝国軍と反乱軍では力の差は明白なのだけど、意義のある戦いの中で彼らは決死の行動で勝利をつかもうとする。これまで生きることが最重要課題だった人々が。そして人々の死と覚悟の上に、最後に「新たなる希望」が生まれるのだ。

 

死力を尽くして戦うこのラストバトルはもうこの作品の90%くらいを構成しているくらい超熱い。あとはなんといってもチアルート・イムウェを演じるドニー・イェンです。とんでもないアクションキレキレ野郎ですよ。こいつ格好良すぎないか。