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僕は忘れない、あの日のことを

140字では伝えられない。

王道――その挑戦的な揮毫

第75期A級順位戦は2月25日に全日程を終えた。竜王戦のごたごたがあって、A級順位戦も消化不良の一面があったことは否定できないが、8勝1敗のすばらしい成績を残した挑戦者には誰も異論を挟まないだろう。稲葉陽八段は昇級一期目にして挑戦権を掴んだ。

 

稲葉八段は名人佐藤天彦と同い年の関西の棋士だ。個人的には、やや受け将棋よりではないかなと思う。7月の王将戦一次予選では生粋の攻め将棋の畠山鎮八段に、忍者銀という守りが薄い代わりに攻撃的な戦法を使ったにも関わらず、最終的には受けまくって勝っていた。

 

佐藤名人も昇級一期目で8勝1敗の成績を残して挑戦権を獲得し、王者羽生善治を下して名人となった。今度は立場を変え、勢いに乗る挑戦者を迎え撃つことになる。ところで、名人は棋戦叡王戦も優勝し、名人戦が行われるのとちょうど同時期に、電王戦で将棋ソフトPonanzaと対局することになる。Ponanzaはとても攻撃的な棋風だ。そしてべらぼうに強い。名人はタイプの違う強敵と同時期に戦うことになった。苦戦は必至だろう。

 

佐藤名人はよく「王道」と揮毫する。ぼくは最初みたときとても挑戦的だなと思った。自分の指し手は王道である、少なくとも目指す先は本筋そのものであると意思表明するのは勇気がいることだ。たとえばぼくが自分の将棋を王道と称したら死ねあんぽんたんと言われておしまいだ。プロ棋士の中だって、自分の将棋は王道ですと言い切れる人はそんなに多くないと思う。将棋の宇宙の中で、自分の選ぶ指し手こそが王道であると言い切るのはとんでもなく挑戦的なはずなのだ。

 

王道。目指す目標として書いているのかもしれないが、佐藤名人の将棋は「これが王道か」と捉えられるようになっている。奇抜に走らず自然な指し手を積み重ねて自然に勝つ、王道の将棋。この揮毫はもう佐藤名人の棋風を表す言葉となった。その言葉が挑戦的と言う人はもういないだろう。

 

四月から名人戦・電王戦と、苦しい戦いが続く。それでもきっと、名人の将棋は王道から外れない。四月からの戦いを楽しみにしている。