僕は忘れない、あの日のことを

140字では伝えられない。

生きる、それは戦うこと

『僕たちは、どうして将棋を選んだんでしょうね』

『さあ……ただ、私は今日はあなたに負けて、死にたいほど悔しい』

 

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そういうわけで映画『聖の青春』を見ました。とても良かった。

 

聖の青春は村山聖という棋士の人生を描いたノンフィクション。映画はそれを元にしたフィクションですね。わりとエピソードや対局(違う棋戦の棋譜を使っていたりする)に改変がありますね。そういうわけで原作も読んでくれ。深夜1時43分まで村山聖と戦い抜いたのは、本当は丸山忠久というストイックでミステリアスで健啖家の男なんだ。

 

5歳でネフローゼになり、その入院中に将棋と出会った村山聖は、将棋にのめり込み、ついにプロ棋士となる。才気抜群で西の怪童と称された彼の前に立ちふさがったのが、東の天才、羽生善治だった。負けたくない、名人になりたい、その思いで強くなる村山だったが、その矢先膀胱癌をも患ってしまう。命のタイムリミットが迫る中、村山は14度目の羽生善治との対局に臨む。『羽生さんが見ている海はみんなとは違う』その海を共に見ることは叶うのかーー

 

という感じです。

 

原作は師匠の森信雄との絆みたいなものが話の主流だと思うのですが、映画は羽生善治とのライバル関係がメインストーリーとして描かれます。主演二人の話通り、これに一番近いのは恋愛物ですね。村山聖は少女マンガが好きなシャイボーイなので、こっちがヒロインっぽい。ただ二人の会話シーンって考えると実はほとんどないんですよね。ないのですが、初対局から大一番の『75飛車』、そして最終局と所作や表情が変わっていく。関係性の深化がそういうところに出ているのですよね。

 

『俺かてなあ、俺かて命かけて……』

『お前のどこが命かけとんじゃ!』

 村山の「命を懸ける」という言葉の重さは尋常ではなくって、本当に命を削って将棋を指している。きっと病と闘い続けてきた彼にとって、負けることは死ぬことと繋がっているからだ。だから勝ち負けにとても敏感で、負けたけど次がある、みたいな考えを徹底的に退ける。でも将棋の恐ろしいところは、どんなに優勢だったとしても最後の最後で間違えばあっという間に逆転してしまうところにある。

 

強くなってとうとう羽生と互角に渡り合えるようになる、と思ったところで癌で手術が必要といわれた村山にとって、それは終盤のそういう落手に近い感覚があったのではないか。将棋の世界ならその落手は自分が悪い。しかし病気はそうではない。運命としか言いようがないものが未来を闇に閉ざすのは、仕方ないというよりただ悔しかったのではないだろうか。物語の終わりの方で、将棋年鑑のアンケート(実在します)で「神様に一つだけ願いにかなえてくれるとしたら」という問いに対する答えは、その悔しさを表しているように思えた。自分の人生も運に左右されることなく、自分の力だけで切り開きたい。そして将棋界は実力が全ての世界である。名人になりたいというのは夢ではなく、きっとその表象なのだ。

 

 

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村山聖の方は実際の映像をほとんど見たことがないので判別できませんが、東出昌大は完全に羽生善治でしたね。めっちゃ似てるからこそ身長が10cmくらい? 大きいとこがすげー違和感になるんですよ。羽生さん身長伸びた?

 ちなみに一番これは羽生先生か?ってなったのは村山先生が「羽生さんはおいしいものは食べ飽きてるだろうから」と冗談を言ったときに「そんなことないです」って笑うシーンです。これはマジで羽生先生が言いそうな感じでしたね。あーこういう話し方するよなあみたいな。見る人が見たら分かる。

 

そういえば広告はトップのこれが一番好きですね。やっぱり村山聖は戦う姿と意志ある表情かなと思う。

ちなみにタイトルは『将棋界の巨人 大山康晴 忍の一手』の章タイトルから。69歳A級棋士としてなくなった大山も晩年は癌と闘病しながら死ぬまで指し続けた棋士ですね。

 

映画の中に出てくる荒崎六段というのはこの人が元ネタですね。新車の中で村山九段に嘔吐されたのは佐藤康光九段ですけど。登場人物を減らすためにエピソードをまとめてるんでしょうね。

 

深夜1時43分までかかった激闘とは本当はこちら。

先崎学六段(当時)「無神論者の僕だが、あの状態で、あれだけの将棋を指す奴を、将棋の神様が見捨てる訳がない。本心からそう思えてならなかった」 | 将棋ペンクラブログ

 

こっちは追悼文。絶対に読んでくれ……

先崎学六段(当時)「彼が死ぬと思うから俺は書くんだ」 | 将棋ペンクラブログ

 

 

聖の青春 (講談社文庫)

聖の青春 (講談社文庫)

 

 

 二海堂くんは村山九段を元に作られた人物なのです。