僕は忘れない、あの日のことを

140字では伝えられない。

"永世"ヒーロー(第30期竜王戦を振り返る)

羽生善治棋聖渡辺明竜王の第30期竜王戦は4-1で挑戦者の羽生棋聖が勝ち、竜王位を獲得した。これで通算7期と永世竜王位の有資格者となり、同時に七冠全ての永世位有資格者となった。(通常永世を名乗るのは引退後)

 

羽生善治という棋士は、言わずもがな将棋の第一人者であり、そして棋界のスタープレイヤーでもある。二つは明確に別の要素で、第一人者でも人気がイマイチな人はいるだろうし、超一流でなくても人を魅せるプレーをするスターの素質がある人もいる。他にたとえば角界なんかでは、第一人者がスターというよりある種のヒールになったりもする。第一人者にも色々ある。

 

そう。羽生善治という棋士は超一流であり、そしてスーパースターである。

 

今期の竜王戦も挑戦から奪取に至るまで、何度も我々将棋ファンを魅了し、並居る棋士たちを唸らせ、そして対局者を圧倒してきた。

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82金→81金→71金→72金→73金→63金

>僻地に打った金が獅子奮迅の大活躍。鮮やかな手腕というほかない。

2017年7月31日 決勝トーナメント 羽生善治三冠 対 稲葉陽八段|第30期竜王戦

 

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竜王挑戦へ前進させた強打33桂打。

>△3三桂打に「ええっ」と佐藤康九段。「すごい手がきた」と控室は盛り上がる。

2017年9月8日 挑戦者決定三番勝負 第3局 羽生善治二冠 対 松尾歩八段|第30期竜王戦

 

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大きな二勝目をあげる要因になった、再び現れた攻めを繋ぐ桂の重ね打ち。

>控室は思いがけない手の出現に盛り上がっている。大盤解説から戻った金井六段は「鋭い手を指されたという印象です。桂打ちは見えない。私は見えないです」と首を振った。

2017年10月28日〜10月29日 七番勝負 第2局 渡辺明竜王 対 羽生善治棋聖|第30期竜王戦

 

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▲45銀△55銀に▲25桂。

3-1の決戦局で見せた果敢で斬新な新構想。局後の記者会見で『常に最先端を探求していくという思いでいます。』と語った通りの、現代将棋らしいスピード感溢れる攻め筋。

>青野九段は「この格好で▲4五銀とぶつけた将棋は見たことがありません。(中略)誰もやったことがない仕掛けです。今までの常識を覆す? 決してオーバーな表現ではないかもしれませんよ。先手に成算がないといきませんから」と続けた。

2017年12月4日〜12月5日 七番勝負 第5局 渡辺明竜王 対 羽生善治棋聖|第30期竜王戦

 

そして羽生二冠自身が今期竜王戦で一番苦労したと語った第四局の66飛。

2017年11月23日〜11月24日 七番勝負 第4局 渡辺明竜王 対 羽生善治棋聖|第30期竜王戦

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56飛なら決めにいく感じだが、これは65飛と引くのですぐに決まる感じではない。控室もそう見たし、誰もがそう思った。対局者の渡辺棋王も局後ブログで

>▲67銀のところは上手く粘ってあるいは逆転してるんじゃないかと思っていましたが

と語っていた。羽生二冠だけが見ている世界が違った。

 

88金68玉65飛に飛車を歩や香車で追おうとすると、飛車角を取る間に46歩から47歩成と挟撃体制を築かれる。そこで先に34銀と角を取るがこの瞬間に66歩56銀を入れて36桂。

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▲38飛に△34銀と手を戻して▲65銀△48銀までいくともう先手玉にはほぼ受けがない。「長くなる」といわれた66飛からまだ13手後の話だ。

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この中空の飛車打ちが見えたからこその66飛。凄いのは、相手に対応を強要する(先手を取る)手で寄せているのではなく、悠然と65飛や34銀と駒を取っても、先手に有効な粘り方がないと見ていることだ。トッププロもこの寄せを絶賛する。

深浦康市九段「いやー、やりますね。感動しました。なるほど、これを狙っているんですか。△4八銀までを、先ほどの△6六飛で読んでいたのかもしれません」

藤井猛九段>△6六飛と寄ったところで、この寄せを読んでいないといけません。神技的な寄せですね。こういう手順はちょっと浮かばないですから。
△8八金と打ったときは先手玉が全然縛られている雰囲気はなかったのに、こうなると8八金も絶品の配置ですよね。

 

渡辺棋王も羽生二冠も、タイトル戦前まで不調が囁かれていた。特に羽生二冠は13年ぶりにタイトルがひとつまで後退していたこともある。

渡辺棋王にはやや不本意な出来だっただろうか。第五局も最後の最後まで指したのは相当な無念があったからだろう。だが、タイトルを取ったのは相手が崩れたからではない。いつの誰が相手だったとしても彼に勝てるのか。そう思わせるほどの圧倒的な気迫と技術の粋がこの竜王戦の羽生二冠にはあった。

 

そういえば、今年同じく日本を熱狂させた藤井四段の29連勝に際して、羽生二冠は「檜舞台で戦える日を待っている」と語った。檜舞台で"待つ"には自分もまた第一人者であり続けなければならない。それだけの能力と意志を、この竜王戦で感じられた。

 

あらゆる記録を打ち立ててもなお、羽生二冠が探究心を持つ限りは、これからもスターとして、一流の棋士として、将棋ファンを沸かせ、控室を唸らせる将棋を指してくれるだろう。これからの活躍を期待している。

 

本当に今日は将棋史に残りそうな日なので、文章が乱れまくりだけど今日中に書くんやという強い意志です(構成はちゃめちゃの言い訳)