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僕は忘れない、あの日のことを

140字では伝えられない。

中断された/でも死んでいない

映画

 

「水は冷たい、薬は苦い、銃は違法、縄は切れる、ガスは臭い。 生きてる方がマシ」

 

そういうわけで『17歳のカルテ』を見たので感想を書こうとしたのですが、どう書けばいいのかなあと思ったまま視聴から丸1日が経過してしまったのでどうしようかなって……。面白かったですけどね。台詞とか相当忘れてるけど頑張ってさらっと感想書きます。じゃあネタバレするから。

 

 

全体として言えば主人公のスザンナ、そしてリサが異常にかわいいということに尽きますね。スザンナのベリーショートにハート打ち抜かれるしリサの不敵な視線は良さの塊ですし。リサにめっちゃ罵られたいですよね。見たら分かる。わかって。

 

17歳のカルテは精神病棟の物語ですから、一見すると暗いシリアスな話が続くようですが、物語の核となる部分はともかく、それをとりまく女の子たちはみんな生き生きとしていて、魅力的なんですよ。だから作品全体も一貫して暗いというわけではありません。ただその明るさは一方では躁みたいで、どこか痛々しい。そういう意味で、八年間も入院していて、病棟で女王のように振舞うリサはそういう意味で作品を象徴する存在として描かれる女の子です。とても明るく、一見すると病気であることを誇りにしているようだけど、実はずっと救いを求めている。

 

 徴兵された人々を「死んだ」と過去形で形容するように、彼女たちは病院を人生の行き止まりとして捉えていて、たとえばリサのディズニーランドでシンデレラになるみたいな言葉のはそういうところから来ています。つまり、自分ではもうどうにもならないから、外部から誰かに救われたいという気持ち。同じように、世界を変えようとしているキング牧師に妙に同情的になっていたりします。

 

スザンナが気づいたことは結局、病気を治すのは自分次第であるってことなんでしょうね。(でも看護婦長が言ったあなたは自分を壊したがってるだけのまともな人ってのは流石に辛辣すぎない?)

 

物語最終盤にスザンナがリサに言った「貴女はもう死んでいるから誰も貴女の背を押そうとしない」というのは死んでいる=行き止まりだと思って何もかも諦めているってことで、リサが私は死んでいないよって返しは病であることを誇っていたリサが、その病と向き合う宣言になっているわけです。

 

人生足踏み状態だけど、それはあくまで中断であって死んでるわけじゃない。

Girl,interruptedという原題に託したテーマはそんなところでしょうか。

 

 

『思春期病棟の少女たち』であったエピソードが微妙に形を変えてきちんと出すのが良かったですね。原作の女の子たちの愛らしさが映像で!みたいな。アイスクリーム屋のナッツいりますか、にnuts(きちがい)だってと一同爆笑する話とか、看護婦のチェックの間にファックできるかって話すエピソードとか。(スザンナは15分チェックで行為が見つかったことがあるそうだ)

 

原作は特別ストーリーがあるというわけではなくって、なんとなく入院してなんとなく退院した感(映画でも治ったって意味が分からないと言っているし、実際そんなものかもしれない)がばしばし伝わってきます。あとリサは文章の感じより映画の方がずっと凶悪な印象でした。最初に言ったけどああいう感じ好きなんですけどね。ちなみに退院後のリサは(ここからは読むとわかる)